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おおむかし 、つまり わたしが、 9歳ぐらいのとき、 なぜか 母の 新潟の実家へ、 ひとり で やく 1ヶ月も いたときのことです。ハーブガーデンシャンプー

 ちょうど、 おじいさん が なくなり、 おばあさん は あいかわらず、 いそがしく、 ひとり 実家を ついだ、 おじ は いつもでかけていて。

 とにかく、 当時は、 テレビも 新潟では、 ほんと、こども ごごろ にも つまらなのーと、 しょうがないからけし。

 それで、 とにかく その 母の実家の うら が 国道になっていまして、 わたし は あまりに ひまだったので、 車の台数を とおっていくのを 、 いちいち かぞえたり、 でも あまりに さみしくなって、 ついに ないてしまったら、 おばーさん は、 そのくらいの ことで なくな、といい、 で まあ なぜか わすれましたが、 両親が、 とうじ kの 青い車に、のっていまして、 約束の日、 そとで 国道みていたら、あー おとーちゃん と おかーちゃんだ! と 青い車がとうったときは  で うれしくて うれしくて いまだに、 その日のことが わすれられない 車についての おはなしでした。

 おわり。